2011年 04月 02日
文化の割れ目 ~その79~ |
先日、渋谷のライブハウスにsoul flower unionのライブに出掛けた。
僕は10年ほど前から好きなバンドで、ちょくちょく観に行ったりしていた。
当時、僕は自分でバンドを組んでいて、彼らがライブでSSWの高田渡さんのナンバー、
「自衛隊に入ろう」をカバーしていて、凄くカッコいいなぁーと感じ、
自分のバンドでも、この曲をカバーしたりした。
しかもアカペラで。
僕の独唱で。
バンド、っていうより、演奏っていうより、僕だけ歌っている状態だけれども。
そんな彼らの演奏を久しぶりに渋谷で観た、聴いた。
soul flower unionは、ロック、ラテン、各国のトラディショナルミュージックからケルト・ミュージック、
そして日本各地の民謡までもをルーツ、レパートリーとした、日本屈指のバンドだ。
しかし、その姿勢はあくまでパンク。
無論、ここで言うパンクの意は、音楽のジャンルではない。
彼らは、1995年2月、阪神・淡路大震災の直後に、伊丹英子の発案で、震災被災者を励ますため
「出前慰問ライヴ」を開始。被災地特有の諸般の理由からアコースティックな楽器を用いることにし、
エレキ・ギターを沖縄の三線に、ドラムをチンドン太鼓やチャンゴ(朝鮮太鼓)に持ち替え、
他のメンバーはそれぞれアコーディオンやクラリネットなどを持ち、震災初期はマイクの替わりにメガホンや拡声器を使い、
避難所や仮設住宅などで演奏活動を行った(震災当初、如何なる場所でも演奏出来る、ということが主眼に置かれた故の「非電化」であった)。
震災被災者の中でも、特に年配のために、戦前戦後の流行り唄や壮士演歌、ヤマト民謡・沖縄民謡
朝鮮鮮民謡・アイヌ民謡などをレパートリーにし、チンドン・アレンジで演奏し、彼らを力付けた。
その震災の光景の中で生まれた歌が、「満月の夕」という曲だった。
満月の夕 (ゆうべ)
<作詞 : 中川敬/作曲 : 中川敬 & 山口洋>
風が吹く 港の方から 焼けあとを包むようにおどす風
悲しくて すべてを笑う 乾く冬の夕
時を超え国境線から 幾千里のがれきの町に立つ
この胸の振り子は鳴らす “今”を刻むため
飼い主をなくした柴が 同胞とじゃれながら車道 (みち)をゆく
解き放たれ すべてを笑う 乾く冬の夕
ヤサホーヤ 唄がきこえる 眠らずに朝まで踊る
ヤサホーヤ 焚火を囲む 吐く息の白さが踊る
解き放て いのちで笑え 満月の夕
星が降る 満月が笑う 焼けあとを包むようにおどす風
解き放たれ すべてを笑う 乾く冬の夕
ヤサホーヤ 唄がきこえる 眠らずに朝まで踊る
ヤサホーヤ 三線鳴らす 吐く息の白さが踊る
解き放て いのちで笑え 満月の夕
ヤサホーヤ 唄がきこえる 眠らずに朝まで踊る
ヤサホーヤ 焚火を囲む 吐く息の白さが踊る
解き放て いのちで笑え 満月の夕
解き放て いのちで笑え 満月の夕
今の日本のこの現状は、様々な情報や思惑が錯綜しております。
どれも正しいとも思いますし、本当はどれも正しいとも言えないでしょう。
そういうことではないんだと思います。
今生きているほとんどの人が体験したことのない局面を迎えている今、
兎に角、また始めるしか方法がありません。
様々な問題を乗り越えてゆくしかありません。
そんな中、僕は渋谷のライブハウスで活力を頂いた。
この満月の夕は、当時発表後、たくさんの方がカバーしており、
歌い継がれています。
この曲を胸に宿し、心を折らず、どうか生きていてもらいたい。
by green-ball
| 2011-04-02 12:07
| 音楽