2009年 06月 29日
文化の割れ目 〜その44〜 |
えー、間違いなく夏が来ます。
きっと、ナッツがくるー、です。
灼熱と開放、狂騒を全面に、ヤツは僕らを襲う。
そんなアイツでも、夕暮れ時になれば、
センチメンタリズムを垣間見せる。
そんな「夏」の心象風景、サウンドスケープが
ギュギュッと濃縮された1枚の輝く銀色の円盤が、
現・クロマニヨンズ ギタリスト、
真島昌利さんのソロアルバム「夏のぬけがら」である。
当時、日本屈指のパンクバンドであった
ブルーハーツのギタリストでソングライターを務めた氏だったが、
名実共に上り調子の時期に、この作品をドロップしたのだ。
僕は小学生からブルーハーツのファンだったので、
勿論、この作品もソッコーGETしたのだ。
ところが、小学生、子供だった僕は
すぐにはこの作品の良さがわからなかったのです。
抒情叙情、というものが、わからなかったんだね。
高校生に成った僕は、CD棚に眠っていたこの作品を
ふいに聴いてみたくなったのだ。
そうしたら、あんれまー!
闇夜を切り裂く様なマーシーの声、
優しく美しい旋律、永遠の少年の夏を
聴き手の胸に抱かせる、甘酸っぱく胸を焦がすリリック。
僕はこのCDを聴くたびに、母親の田舎である
栃木県での生活を想い出す。
僕は幼少期から思春期に至るまで、
夏の期間の多くは、栃木県は青田町という所で過ごしていた。
当時、i-podなんていうものはなかったので、
ポータブルCDプレイヤー、またはウォークマンで
音楽を聴いていたのだ。
僕にとっては、
長く滞在する青田町での生活に、必要不可欠なアイテムであった。
僕が住んでいた山形市よりもよりプリミティヴで、
カントリー感溢れる青田町の原風景と、
マーシーの世界観は見事にマッチングしたものだ。
お陰で、暑いのは嫌いだが、夏が大好きになった。
何もかも輝いていた夏と、過ぎ行く夏の終わりの切なさ。
かつて、マーシーは「夏以外に歌う季節はないよ。」と
雑誌で発言していたが、僕もそんなふうに思う。
というか、思う様になってしまった。
ロマンチック、ドラマチックは、人力的なもので創るようなものではなくて、
我々の日常のなかに、その実は確実に潜んでいるのです。
というか、でしょう。
皆様、是非この夏の機会に、聴いてみてください。
ONE & ONLYな一夏になるに違いありませんから。
というか、きっと成りますから。
by green-ball
| 2009-06-29 11:06
| 音楽